徒然なるままな想い書き

何気なく見たり聞いたりした時に得られる『思わぬ発見、気付き』を読者の皆さまに届けています。

「おとな」に求められる「責任」と「アウトプット」

はじめに:今週のお題「おとな」

今週のお題のテーマが「おとな」ということで、私が考える「おとな」を説明してみたいと思います。

 

 

「おとな」の定義

「おとな」ですが、ベースとしてその対義語である「こども」と一緒に考えてみます。まずは、辞書にある定義から見てみると、

 

おとな(大人):十分に成長して,一人前になった人。考え方や態度が一人前であること。青少年が老成していること。 (三省堂大辞林より)
こども(子供):自分の得た息子や娘。(三省堂大辞林より)

 

他にもいろいろ調べてみましたが、「おとな」も「こども」もはっきりとした定義はありませんでした。まぁ、なのでこのようなお題があるわけですけど・・・。

 

 

 

私の考える「おとな」

さて、私にとっての「おとな」は、「求められる責任」と「求められるもの」の2つで定義できると考えています。それを示したものが以下の図です。この図では、「責任が求められるか否か」と「求められるものがインプットかアウトプットか」という2軸を用いて、「おとな」の定義、また、「こども」が「おとな」へと成長していくプロセス(過程・流れ)を示しています。

 

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では、図を元に、順にプロセスを説明していきます。

 

まず、「こども」は小学校に入る前くらいの、何でも吸収して成長していく頃の人とします。このころは、親が「こども」の責任を求められるものとして、「こども」自身に責任は求められていないものとします。「こども」は成長するにつれ、小・中・(高)・(大)の各学校において教育を受けていきます。これら学校においては、「こども」は社会から勉強(インプット)することを第一に求められています。また、成長するにつれ、徐々に先生からいちいち命令されて勉強していくのではなく、自分で考えて勉強する方法を考えるなど、勉強(インプット)することに責任を持っていきますオレンジ色部分。ここで、責任は主として「こども」本人から自分に対して求められます。

 

小・中・(高)・(大)を卒業する時、「こども」は「学校卒業生」へとなります。そして、「学校卒業生」は次のステップとして社会で働くことを始めます。この時、人は今までの勉強(インプット)から、仕事の成果(アウトプット)を新たに社会から求められるようになります緑色部分。よく就職において、学生・社会人ギャップという問題が取り上げられていますが、このギャップは主にこの図の2軸で説明できると考えています。学生と社会人では、「インプット」ではなく、「アウトプット」が求められ、学生以上に「自分の行ったことに対して責任を持つ」ことが求められるからです。図で言う緑色の部分がこのギャップを引き起こしていると考えることができるのです。

 

さて、このように「学校卒業生」が次のステップとして社会で働くことを始めるのですが(社会人)、働きの力量に応じて、求められる責任が変わるものと考えられます。そこで、働くことに対する、求められる責任に幅を持たせました(青色部分)。そこで、その幅として「バイトスタッフ」というものを設定しました。これは、「アウトプットを求められるが、責任はそこまで持つ必要がない」という概念を示すために設定しました。私の中では、その人個人によらず一律賃金のバイトスタッフは「責任を持つ対価」を受けていないものと考えており、その意味でバイトスタッフとして表現しました。もちろん、バイトだろうとなんだろうと、他者からお金をもらうことに対しては一定の責任を持たなければなりません。

 

人はこのようにして社会人として働くことになるのですが、働くことで、自分自身の裁量でものごとを決め、推し進めていくことが多くなっていきます。それに伴い、自分自身で決めたものごとに対する責任を求められるようになっていきます。そして、自分自身のあらゆる行動に対して責任を求められるようになった時、その人は晴れて「おとな」となるのです。私の中で、「おとな」とは、「アウトプットと自分自身の行動に対する責任が求められる人」です。

 

 

 

まとめ

今週のお題から「おとな」について、「求められる責任」「求められるもの(インプット・アウトプット)」の2つを用いて定義し、「こども」から「おとな」へと成長する過程を、図を作って説明しました。結論として、私にとって、「おとな」とは、「アウトプットと自分自身の行動に対する責任が求められる人」です。今回はあくまで社会から求められる「責任」「もの(インプット・アウトプット)」であり、責任は自分で持つべきであるし、インプットがあってこそのアウトプットであるので、片方を軽視しているわけではありません。そこはご注意ください。

 

 

 

あなたの考える「おとな」は何でしょうか?

 

 

 

ではでは。