徒然なるままな想い書き

何気なく見たり聞いたりした時に得られる『思わぬ発見、気付き』を読者の皆さまに届けています。

知らぬ間に??無意味なルールとそれを習慣化する私たち

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「電車内での通話はご遠慮ください」

 「電車内での通話はご遠慮ください」

 

普段、私たちはこのルールを意識しなくとも守っています。でも、これって何故でしょう?

 

気になって調べてみたら、こういうのがありました?

「電車やバスのケータイ通話ってなぜいけないの?」

http://oshiete.goo.ne.jp/watcher/entry/143f0d181cbc2baa5c80a5dc0d0e11e8

 

ここでは、意見として会話での片方のみの声の違和感や、乗客のマナーが一因としてあると書かれています。とはいえ、電車内では良いか悪いかは別として雑談をしている方もおり、通話のみがこのように規制されているのかが正直良くわかりません。

 

このような正直理由が良く分からないルールは、他にもいろいろとあります。例えば、同じく電車の話ですが、優先座席付近での携帯電話の禁止のルールがあります。

 

これも調べてみたところ、どうやら見直す動きが出ているみたいです。

「優先席で電源オフ、見直しの動き 鉄道各社、携帯進化で」

http://www.asahi.com/articles/ASF0NGY201312250001.html

 

ルールの習慣化

私たちは、そのルールによって不利益を被らない限り、そのルールを無条件に受け入れ、習慣化しがちです。もちろん、そのルールを初めて知った時には当然無条件には受け入れず、疑問を持ちます。しかし、それは初めだけ、特に好奇心の強い子供の頃だけで、みんなが受け入れているから受け入れなければならないと、なんとなくそのルールを受け入れ、習慣化してしまいます。

 

これって実は結構怖いことだと思います。ルールを守っていると、人はいつの間にかそれに慣れてしまい、いざより良い新しいルールに変えることができるとなっても、かなりの抵抗が生じ、新しいルールに移行できなくなってしまいます。それは、この文章を書いている今の私にも生じています。

 

今このブログはPCから書いていますが、記入方法はQWERTYキーボードを使っています。このQWERTYは正直タイピングの面では意味不明の配列です笑。ですが、これがキーボード配列のスタンダードルールとなっている今、QWERTY以外の選択肢の少なさ、新たなタイピングスキルの習得の困難さから、この非効率なタイピング方法を用いざるを得ないのです。

 

幼いころの私は、タイピングとはこういうものだと、無条件に受け入れ、QWERTYに慣れてしまったのです。一度慣れてしまうとなかなか新しいルールに移行できません、恐ろしいものです。

 

ルールは当初の背景や文化を表す

このように無意味なルールは私たちの周りにいろいろと存在していますが、一方で、このようなルールはできた当初の背景や文化を表してもいます。優先座席での携帯電話でいうとペースメーカーとの兼ね合いのため、QWERTYですと機械のスペックに合わせるためにわざとタイピングを遅らせるためなどです。こうしてみると、無意味なルールというのは厳密に言うと初めは意味のあるルールで、時代の変化によって無意味化したルールであると言えます。

 

時代の変化と人間の変化とのギャップ

ここからはかなりの持論ですが、時代の変化は主に人間の周辺(機械など)によって比較的頻繁に起こりますが、一方で人間自体は今まで述べたように、習慣化してしまえば変化はあまり起こりません。この時代の変化と人間の習慣の変化とのギャップが、このような無意味なルールを形成しているのではないかと思います。こうして考えてみると、無意味なルールも必然的に生じてしまうものなのかなと思います。

 

時代は絶えず変化しており、私たち一人一人に合わせて待ってはくれません。それゆえ、変化のギャップを埋めるためにも、私たちは習慣化したものを見直し、切り捨てることで、自分を変え、時代に合わていく必要があると言えます。無意味なルールもそうです。変えることが難しくとも、ルールを変えていかなければならないのです。

 

以上、無意味なルールについて色々と書いてみました。こう考えてみると、「無意味」なルールにもちゃんと「意味」があるものですね。

 

ではでは。