徒然なるままな想い書き

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欲求の持ち方が今後の社会を2極化する

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欲求・モチベーション

さて、個人的なことですが、ようやく修論が終わりました。研究活動としては一応一区切りです。人間は一区切りがつくと、「燃え尽き症候群」という症状があるように、自分の中での欲求やモチベーションがなくなってしまうことが多々あります。そして現に今、自分の中での欲求・モチベーションというものが分からなくなってきています。そこで、今回は欲求やモチベーションについて色々と考えて、そこからその捉え方が社会にどう影響していくのかを考えてみたいと思います。

 

 

マズローの欲求5段階説

欲求については、マズローの欲求5段階説が良い説明になるかと思います。この説では、人間の欲求は低次なものから高次なものまで5段階あり、低次なものが満たされると、より高次なものの欲求が満たされるよう求めるとされています。

 

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  1. 自己実現:目標達成など
  2. 尊厳:他人からの賞賛、自己顕示欲、自己承認など
  3. 社会的:愛情、友情など
  4. 安全:危険回避など
  5. 生理的:性欲、食欲、睡眠欲など

 

海外ですと昨今の情勢不安からまだまだ4や5の低次レベルの欲求をメインでチャレンジし、求めています。一方、日本だと平和ボケとは揶揄されてはいますが、チャレンジする欲求のメインが1−3にシフトしています。衣食住は安定していますし、テロのような身の危険に晒されることが少ないからです。

 

 

ゆるくつながるツールの台頭と低次レベル欲求の変化

欲求のメインがシフトしている例で顕著なのが、最近の「ゆるくつながる」でしょう。

LINEに代表されるコミュニケーションツールはまさにこの欲求を満たすためのツールと言っても過言ではありません。「ゆるくつながる」は日常的に3の愛情、友情の欲求を「ゆるく・薄く」満たすことを可能にし、気楽な「いいね」によって、4の自己承認を「少し」満たすことができます。そして、私たちはこの3と4の欲求が手軽に満たされることに対して中毒状態にすらなっています。今や街中を見渡せばみな景色を見ているのではなくケータイを見ています。すべて社会的欲求をケータイに求めているからです。そもそも、携帯依存症なんてのは結構昔から問題となっています。

 

 


<セックス離れ>若い男性、性の「絶食化」 3000人調査 - BIGLOBEニュース

 

一方で、マズローの欲求5段階説が示すように欲求がシフトすることで、低次レベルの安全や生理的欲求がおざなりになっています。最近のニュースで「セックス離れ」ということが話題となっていますが、原因の一つとしてこの「チャレンジする欲求のシフト」があります。最近では生理的欲求や安全欲求はそこまで頑張らなくてもそこそこのもので満たされるようになってきています。この「セックス離れ」の観点でいくと、風俗店やアダルトビデオで代替できるようになってしまっています(ビジネス志向のせいでね)。

 

このように考えてみると、ビジネスの力と言いますか、人間の努力の結果と言いますか、段々低次なレベルから高次なレベルの欲求へと、それを手軽に満たすツールというものができてきているように思えてしまいます。今で言うと、LINEなどのツールが社会的欲求を手軽に満たしています。おそらく、このまま進めば、LINEだと必ず生身の相手が必要ですが、これすらも人工知能によって機械が自分の社会的欲求を「手軽に」満たしてくれるようになるかもしれません。

 

 

これからのチャレンジする欲求・モチベーション

さて、これまで「チャレンジする欲求」という言葉を用いてきましたが、これは「欲求を満たすために自ら向こう顧みず挑戦する」という意味合いで用いています。つまり、「モチベーションを持って行動する」です。

 

 

昨今は低次レベルのモチベーションでは何かと手軽なものですぐに満たされてしまいます。手軽なもので満たされてしまうと、持続はしませんし、短絡的思考に陥ってしまいます。モチベーションもわざわざ持つ必要がありません。では、高次レベルのモチベーションはどうでしょうか?高次レベルのモチベーションの場合、人間が生きていくためには基本的には低次レベルの欲求が満たされれば良いので、モチベーションの持ち方・維持というものが大きな課題となります。というか、そもそも高次レベルの欲求を必ず満たす必要はあるのか?という根本的な問題もあります。欲求なので必ず求めているのですが、現実には難しいからと言って諦めてしまっている人が数多くいます。

 

 

高次レベルに対するモチベーション

人間は低次レベルの欲求は必ず満たそうと必死になります。しかし、高次レベルなものとなってしまうと、低次レベルが満たされている限り、最悪満たされなくてもいいやと考え、高次レベルが満たされることを諦めてしまいがちです。そういった意味で、高次レベルのモチベーションについて、それをどう持つか、どう維持するかを考えることは非常に重要な課題と言えます。そこにモチベーションを持てるかで、社会に役立てるかそうでないかが大きく左右されてしまうからです。社会に役立つとは他人に対して何か働きかけをするということです。そして、低次レベルの欲求はベクトルが自分にしか向いておらず、自分のためでしかありません。高次レベルのモチベーションを持ち、相手に働きかけることを欲求とすることで、他人、そして社会に役立つことをしようと初めて考えることができるのです。

 

 

では、高次レベルのモチベーションをどう持ち、維持すれば良いのでしょうか?低次レベルの欲求は人間にとって必ず満たさなければならない欲求です。そこで、高次レベルの欲求も何らかの形で低次レベルと結びつけることで、そのモチベーションを持つことが可能です。高次レベルのモチベーションの持ち方は大きく2つあると考えています。

 

  1. 低次レベル化:生来的に高次レベルの欲求が低次レベルの位置付けとなっている
  2. 低次レベルとの関連付け:低次レベルの欲求を満たすための手段

 

1は生来的にとは思うのですが、「自分は〇〇を行うことが使命である」と思っているタイプです。これは、高次レベルの欲求を必ず満たさなければならないと思っているので、欲求が低次レベル化していると言えます。また、もはや欲求が低次レベルなので、維持のために特別何かするということはしなくてもよいでしょう。ただし、人によってはこのように低次レベル化した高次レベル欲求を自分の中で一つも見つけることができない人もいます。

 

 

2は割りと錯覚している状態と言っても良いですが、高次レベルを満たしたいとは考えていながら、それを満たすことで副次的に低次レベルの欲求を満たしているタイプです。例えば、4の尊厳として周りから自己承認を求めていても、実は単に3の社会的欲求として恋愛パートナーが欲しいだけだったりします。このタイプは、低次レベルのモチベーションをそのまま高次レベルのモチベーションへと転化して持つことができます。しかし、その維持方法については注意が必要です。なぜならば、先ほどの例で言うと、もし自分の恋愛パートナーが見つかり、3の社会的欲求が満たされてしまうと、高次の4の尊厳の欲求までも満たせたように感じ、モチベーションの維持が困難となってしまうからです。この場合、高次レベルのモチベーションを維持するため、別の新たな低次レベルの欲求と結びつけることが必要となります。

 

 

まとめ

人間の社会の発達のおかげで、生理的欲求、安全欲求は手軽に満たされる時代になり、今や「ゆるくつながるツール」によって、社会的欲求をも手軽に満たされる時代になりつつあります。そのような中、今後は「いかに自分の中の高次レベルのモチベーションを持ち、維持するか」ということが重要な課題となってきます。それは、高次レベルのみ、社会に対して役立つ行動を起こすモチベーションとなるからです。

 

今後はこのモチベーションを持つか持たないかでさらなる二極化の可能性が考えられます。高次レベルのモチベーションを持てない人は手軽に欲求を満たすだけの人間となり、一方、高次レベルのモチベーションを持てる人は社会に対してコミットして、周りから重要な人間となっていきます。

 

 

一方で、今後の社会にはたらきかけることについて考えておかないといけないことがあります。それは、自分の欲求が「社会が求めているもの」かということです。今や軍事ロボットや人工知能など、欲求が高次レベルとなってきているがゆえに、本当に社会に必要であるかが不透明なものが多く開発されています。「便利だから」というのが理由でしょうが、便利だけでは成り立たないのが人間社会です。「便利だから」という欲求が本当に社会が求めているものなのか、考えて議論しながら開発を進めていくことが重要です。

 

 

人間の活動の根源は欲求です。その欲求について考え、そのモチベーションについて改めて考えてみることで、自分の活動、そしてこれから自分が本当に欲求する自分のあり方について考えてみることをオススメします。

 

 

ではでは。