徒然なるままな想い書き

何気なく見たり聞いたりした時に得られる『思わぬ発見、気付き』を読者の皆さまに届けています。

インカ帝国とダンスと身体性 ~遠い夏の運動会の記憶

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昔の運動会の記憶

今週のお題は「運動会とスポーツの秋」です。このお題で考えてみたんですけど、私の中では、小学校高学年の運動会で踊った「インカ帝国」がふと頭に浮かんできました。

 

一応インカ帝国を説明しておくと、

インカ帝国南アメリカのペルー、ボリビアチチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュア族が作った国。(Wikipediaより)

 

運動会では、このインカ帝国の誕生、発展、衰退をダンスで表現しました(したはず、もはやうる覚え笑)。組体操を取り入れていて、サボテンの上でドヤ顔してたのだけは覚えています笑

 

なぜインカ帝国?ダンス?

正直このお題を見るまで全然振り返って考えてこなかったですけど、今更ながら考えてみると、正直なぜインカ帝国?と思ってしまいます。

 

今大人として、先生のような立場として見ると、インカ帝国の歴史を身体で理解し、表現するということは人間の歴史や身体表現の学習としてはとても有効だとは思います。

 

でもそれってあくまで今の視点ですよねって思っちゃいます。私が小学生のころは、ダンスをするにしてはもっと派手なものがしたい、地味だから嫌だと思っていて、なぜインカ帝国?と今と変わらぬ疑問を持ったまま踊っていました。だから先生の指示通り、「もっと〇〇を表現するためにXXして」と言われても、そういうものなんだ・・・、そう踊ればいいんでしょ?と適当に踊っていたんだと思います。

 

結局そのように適当に踊っていたということがあり、今では踊ったということは覚えていても、持った記憶はそれ以上でもそれ以下でもないというのが正直なところなのです。

 

ダンスの重要性

そこで、結局考えてみたことは、今回述べた"インカ帝国"のように集団でひとつの表現を行うダンスのようなもの(今のダンスの授業もそうだけど)は、適当にやっててもできるけど、本当に表現を身につけたい、学習したいと思うのならば、本人の自覚や先生の指導力がかなり問われるものなのかなということです。

 

ダンスって個人的な偏見かもしれないですけど、受験勉強と関係ないから結構適当に扱われやすく、それが学生、先生両方の認識としてあるように感じています。でも最近コミュ力が取り上げられているように、身体を使って自分を表現すること、また、身体を通じてインカ帝国のような歴史やその当時の人々を理解するということは、まさにコミュ力に通ずるものがあるのではないかと考えています。その上で今はダンスが注目されていて、授業でも導入されているぐらいになったのだと思います。

 

でもよくよく考えてみると、ダンスというのは"インカ帝国"に代表されるように、私が小学生や中学生の時から学校内で既に導入されてたんだなーとつくづく思います。要は今の時代の流れは、昔からダンスが適当に行われてきたけど、利点が見つかったからきちんとカリキュラムとして学習させていこうという流れなのかなと思います。だからこそ、あの頃のインカ帝国は一体何やったんやねん!と思っちゃうわけです。

 

ダンスの指導の難しさ

今後のダンスの授業で危惧していることといえば、当時の私がダンスを適当に踊っていたように、ダンスの目的や背景がしっかり説明されていないと、子どもたちは「身体による理解」というものが身につかないのかな、ということです。ダンスは他の科目と違ってまだ全然体系化されていないこともあって、今後しばらくは教える先生の力量次第で子どもたちの理解度は大きく左右されるのかなと感じています。

 

あとは子ども側のやる気も大事だと思います。特に学年が上がるにつれて、受験勉強という日本教育の良くも悪くも言えるイベントがあるので、それに該当しないダンスに対してやる気を持たせることはなかなか難しい面があります。ダンスの指導方法、子どものやる気の維持と、課題が多いように感じます。そうは言っても、昔の私のような子どもにならないよう、先生方にはぜひ頑張ってほしいものです(期待してます)。

 

まとめ

今週のお題を元にどんどん脱線していきましたが、運動会→ダンス→その理由→ダンスは大事・授業が必要→難しそう、先生頑張れ という流れで、色々と考えたことを書いてみました。今更ながら多少自分の研究でも身体性というものの重要性を痛感しているので、ダンスの授業を通じて、そういったものの理解をどんどん伸ばしていってほしいとは思います。

 

ではでは。