徒然なるままな想い書き

何気なく見たり聞いたりした時に得られる『思わぬ発見、気付き』を読者の皆さまに届けています。

学び・成長とは?人の学び・成長の型「守破離」

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守破離

この言葉知っているでしょうか?私は中学生の時に初めて知りました。

 

守破離

武道における学びの順序。

守=師匠の教えを正しく守り、内容を身に付ける

破=師匠の教えの内容にこだわらず、自分に合うように工夫し、磨き上げる

離=「守」と「破」を脱し、自分独自の道を確立させる

 

人によって細かい意味は異なりますが、だいたいこんな意味です。

 

守破離は生まれた時から始まっている

中学・高校生のころは、漢字の並びの良さだけでなんとなくこの言葉が好きでした。

でも、今あらためてこの言葉は「意味」が良いと思います。

 

どんな人間も、この「守破離」を経験しています。そう、生まれた瞬間から。

 

赤ちゃんは親の行動を真似ます。そして、人間の生活、社会を知り、守っていきます。小中学校くらいまでは学校の勉強もあって、とことん知り、守っていきます。そして考え方を身につけていきます。

 

ところが、中学校の後半くらいからある現象が起こります。「反抗期」です。この頃から、今まで自分たちが守ってきた人間のルールに対し、疑問を抱き始めます。疑問を抱くということは、自分なりにこの守ってきたルールについて考えているということです。そして、この疑問は次第に自分の考えを形成するのに役立っていき、今まで学んできた考え方を破り、自分の考えを作っていきます。

 

大学を機に一人暮らし、または就職して働き出すと、自分で社会と関わり、生活していかなければなりません。大学受験あたりまでは周りの敷いたレールに乗っていたのが、ここらあたりから自分でレールの航路を考え、設計していかなければなりません。そのためには、今までの何となくレールの上に乗って周りから降って来るルールを守っているだけではなく、自分ではこう考えているというだけではなく、具体的に自分はこうしていくというレールの航路を考えなければいけません。そのためには、いつまででも敷かれたレールに乗ることもいいですが、それを離れ、自分の道を切り開いていかなければならないのです。私は今この分岐点にいるのではないかと思っています。

 

離ができてこそ初めて意味がある

 守破離において、「守」や「破」はある程度できるものだと私は考えています。しかし、他の人にとっての「守」の対象となる新たなものを生み出すためには、「離」は必須条件だと言えます。逆に、「離」ができなければ、他の人たちが皆「守」っているものから離れていないので、他の人たちと同じ、普通の人間となってしまいます。昨今のイノベーションを求められる時代においては、まさにこの「離」が必要ではないかと思います。

 

まとめ

以上いろいろ書きましたが、何が言いたいかというと、私は「守破離」という言葉が好きで、人間の学びの基本は生まれた時から「守破離」ではないかということです。そして、学んだことを活かし、自分の価値を高めるためには、「離」が必要不可欠であるということです。今就活していますけど、就活サイトや、就活本にも「守」るものはたくさん書いてあります。しかし、それだけではそれを同じように「守」る人とはなんの違いもありません。なので、私はそれをもとにして、自分なりの考えを確立して「破」り、仕事におけるレールを自分で敷いて「離」れていこうと思います。

 

ではでは。

 

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