徒然なるままな想い書き

何気なく見たり聞いたりした時に得られる『思わぬ発見、気付き』を読者の皆さまに届けています。

気づいたら〇〇してた?無意識に潜む恐ろしさと、それに気づかない私たち

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意識すること

意識すること、集中することはすごい疲れます。何かを意識して行うということはかなりの体力を要するものです。そして、意識は個人的には「有限なもの」と感じています。つまり、一度に注目できるものには限りがあり、注目するものを選択しなければならないのです。

 

無意識な処理

そんな限定的な意識を補うために無意識的な処理があるのですが、この無意識的な処理が習慣化するにあたって、その過程が2パターンあるのではないかと考えています。それは、

  1. 意識→無意識的習慣
  2. 無意識→無意識的習慣

の2つです。1.は勉強や学習によく見られると考えられます。例えば、子供の頃初めて自転車に乗れるように訓練する時、初めは意識して乗らないとできないけれども、一度乗れるようになると、もはや無意識的に操作ができるようになります。

 

一方、2.は元々が無意識なものであり、自分では気づかないことが多いです。他人から言われて初めて気がついた自分の癖のようなものがこれに当たるかと思います。

 

無意識の怖さ

私はこの2.が最近結構怖いものだと感じています。簡単な例として、階段の昇り降りを挙げます。

 

階段を昇り降りする時、私たちは普段歩くときと同じような感覚で、無意識的に昇り降りを行っています。でもその時に急にその昇り降りを意識下に持っていき、一つ一つの動作を意識してみると(片足を上げて次の段に進むなど)、途端に階段の昇り降りの仕方に自信がなくなり、「あれっ、こんなんだっけ?」と急に動作が怖くなってしまいます。この例以外にも、自分の無意識的な癖が他人にとっては不快なものであったり、一方でその人のアイデンティティに見えたり、また、ギャンブルやゲームなどをやめたくてもやめれないなど、無意識的なものは人間の性格の大部分を支配しています。しかし、私たちはそのほんの一部しか意識下に持っていくことができていないのです(はじめの1.も初めが意識下だがすぐに無意識下に化けてしまう、怖い!)。

 

無意識のコントロール

ここで、私が思うことは、一度無意識的習慣化してしまったものは気づくのが困難、抗うのが困難となるので、上記の1.と2.の初期段階で、自分にとって良いものを選択し、初めの部分を意識してコントロールする必要があるということです。まぁ、1.は簡単でしょう。もともと”意識的”に取り組んで獲得するものですから。では2.はどうすればいいのでしょうか?私はこれは対処療法しかないと思っています。つまり、無意識的習慣の断片が見えたら(他人に指摘される、「階段」の話のようにふと気づくなど)、それを意識的なものでオーバーライドする(1.で習慣化し直す)。所詮対処療法なので、手遅れになることが多いですが、これしかないと思っています。別の方法があったらぜひ教えて欲しいところです。

 

まとめ

今回は無意識の怖さとそのコントロールについて書いてみました。言いたいことをまとめると、無意識的なものに打ち勝つには「初めが肝心」ということです。もしも書いた方法以外に無意識に「打ち勝つ」方法を御存知の方はぜひ教えてください。

 

ではでは。